渋谷・松濤のセラピールーム「Heart Retreat」のブログです。
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Posted by ハート・リトリート
 
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こころをわけ合おう
「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる
 うばい合えば憎しみ わけ合えば安らぎ」 相田みつを

みつを
相田みつを美術館ウェブサイトより


みんな、わけ合えるこころをもっています。
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Posted by ハート・リトリート
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[こころ]  thema:自分にできる事から - genre:心と身体
負け犬根性だけは負けない
ついこの間の週末に、昨年から所属しているメンタルレスキュー協会
CPS認定会のお手伝いをさせていただきました。

カウンセリングの実技試験の相手役(クライエント役)とともに
認定員もやらせていただくことに!
とてもいい経験だったのですが、何しろ重責ですから、
受験者でなくとも非常に緊張しました。

こういう大役(?)を仰せつかるとき、とてもワクワクします。
小学生のとき、赤ペンでテストの○つけをするの楽しくなかったですか?
赤ペンってのが、ちょっと特別感をもたらすというか。
まさにそんな感じ。

ところが一方で「未熟者のお前がそんな大役をやっていいのか?」という
自分の中のもうひとつの声が聞こえます。
必要以上に自分を叱責して、焦らせ、自信を失わせようとする自分がいるのです。

自信がないとき、人は言い訳を作り出します。

「辛い点をつけて受験者を傷つけたくない」
「(自分の能力不足のせいで)人に迷惑をかけたくない」

と、表向きは言ってみるものの、それはごまかし。
実は「私」が傷つきたくないのです。

「化けの皮が剥がれて、実は大したことない人、って思われるかもしれない」と。

自分に染みついている自己不信感や自信のなさ。
飲んでも飲んでも潤わない喉の乾きにもにた苦しい感覚。

自分の中の不安や怖れを見つめることで、それをあるがままに受け入れ
クリアしてきたつもりでいましたが、なかなかどっこい数十年染み付いた
生き方、考え方の癖はしぶといものですね。
疲れていたり、忙しさが集中すると、静かに音もなく顔を出すのです。

シャワーを浴びながら、そんな風にポツポツと自分振り返りをしていたら、
ふと、「自信がないとはいえ、負け犬根性の強さだけは人に負けない
自信があるな」と思い浮かびました(笑)。

まぁ、そんな自分とつき合いながら、多分気がつくと、結構自信が
ついている自分に気づくのでしょう。
人は学習できる生き物です。知らなかったことは学びによって身についていきます。
もがきながら、手当り次第につかめるものをつかみ、がむしゃらに
どん欲に、どんなにカッコ悪くても前に進めば、見える光があるものです。

そんなことをお伝えしたくて、カウンセラーをやっています。
Posted by ハート・リトリート
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[こころ]  thema:わたしの心 - genre:心と身体
自分のことは気づかない
私たちは多くの場合、自分のことに気づきにくいという特徴があります。

人は、自分の周りの人たちとコミュニケーションすることで
他人という鏡に自分を映して、多少なりとも自分の日頃の
ふるまいや心の中を振り返るわけですが、
自分を感じることが怖かったり、不安だったり
何かにしがみついていたり、余裕がなかったりすると、
無意識に自分に気付くことをやめてしまうのかもしれません。

そして、相手のことだけに気づくようになります。

「あの人、この間まで『○○するなんて非常識』って言ってたのに、
自分が同じことしてるじゃない!」なーんてこと、ありますよね?

そう、人のことって結構わかるのに、こと自分になると私たちは
麻痺してしまうのですね。

私はカウンセリングという仕事を通して、人(自分)の心を知る
勉強を続けていますが、それでも、自分を完全に把握するなんて
絶対に無理だと思っています。

周囲の人たちに「休養は心と体の健康に大事なのよ」と言いつつ、
自分は相当過酷なスケジュールを送っていたりしますもの(笑)。
人に何かを一生懸命伝えようとしているとき、それは自分への
無意識のメッセージであるとも言えますね。

「もし、私が気づかずに○○し続けてたら、絶対注意して!」

なーんて、友人と笑いながらよく言い合っていますが、
「私」という存在のバランスをとり続けるのは本当に難しい。

「私」というやじろべえは、常に右に左に揺れ続けているものなのですから。
その「揺れ」に敏感な自分でありたいと思います。

Posted by ハート・リトリート
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[こころ]  thema:モノの見方、考え方。 - genre:心と身体
疑似(ぎじ)家族2
こんな事例があるそうです。

ある離職率の高い会社で、社内に家族制度をつくったそうです。

新入社員を子どもとして、利害関係のない部署に兄姉(入社2年目の先輩)、
そして入社3年目以上の社員が親(メンター)となって「子ども(後輩)」の
悩みを聞いたり、(バーベキューや家族旅行などの)コミュニケーションを
とってメンタル面のサポートを積極的に行ったそうです。

この制度を取り入れたところ、30%あった離職率が2.7%まで減少したそうです。
社内疑似家族内に芽生えた【特別な絆】が離職率に作用したのでしょうね。
Posted by ハート・リトリート
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[こころ]  thema:心と幸せ - genre:心と身体
疑似(ぎじ)家族
先月末のカウンセリング勉強会でのこと。
お昼休みに指導してくださっているS先生と「疑似家族」の話題になりました。

人間の家族以外の対象(ペット・人形・フィギュア、ぬいぐるみ)をあたかも実際の家族のように扱い、その疑似家族の存在が自分の支えとなり、心の安定につながっている人がいる、という話です。

このブログにも登場していますが、私自身、一人暮らしで犬と猫を飼っています。

スー

私にとって一緒に住んでいる動物は「ペット(伴侶動物)」であり、「家族」です。
私のみで暮らしていた頃と比較すると、動物たちが心の安定に貢献してくれているのは間違いないですし、「日々の生活の潤い」「支え」と言えるでしょう。まさに「疑似家族」ですね。
(だからといって、「人間の家族は不要」とは思ってないですよ。念のため。)

にゃん太

人は社会というコミュニティに属して生きていますが、心の安定には、
もっと狭い単位の【親密な群れ=家族】を構成することが不可欠なのかもしれません。

その群れはかならずしも血縁や人間である必要はなく、
【心を通わせる特別な絆】が存在することが最も大切なのではないでしょうか。


皆さんの【親密な群れ】は、【心を通わせる特別な絆】で結ばれているでしょうか。

Posted by ハート・リトリート
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[こころ]  thema:心と幸せ - genre:心と身体
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